大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和61年(ワ)119号 判決

亡太田末吉訴訟承継人 原告 太田三千惠

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 和田光弘

右同 今井誠

被告 新潟市

右代表者市長 若杉元喜

右訴訟代理人弁護士 坂井熙一

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、金一五二〇万円及び内金一三四〇万円に対する昭和五四年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  亡太田末吉は、昭和五四年一〇月三〇日、自己の将来の居住用して宅地建物取引業を営む訴外新友商事株式会社(以下「訴外会社」という。)から別紙物件目録(一)記載一の土地(以下「本件土地(一)」という。)及び同記載二の建物(以下「本件建物(一)」という。)を代金一三四〇万円で買い受けた。

2  亡太田末吉が本件土地(一)及び本件建物(一)を取得するに至った経緯

(一) 昭和四三年ころ、本件土地(一)及び別紙物件目録(二)記載一の土地(以下「本件土地(二)」という。)は、訴外小泉チイ(以下「訴外小泉」という。)が所有する別紙物件目録(三)記載一の土地(以下「本件土地(三)」という。)という一筆の土地に含まれた土地であり、本件土地(二)の部分には訴外小泉が所有する別紙物件目録(三)記載二の建物(以下「本件建物(三)」という。)が存在し、本件土地(一)の部分は空地の状態であり、訴外小泉はこの空地に出入りするために自宅の軒下約四五センチメートルと隣家の訴外長谷川岩夫宅の軒下約四五センチメートルとをあわせた幅員約九〇センチメートルの土地を通路として利用していた(以上の位置関係については、別紙物件見取図のとおりである。)。

(二) 昭和四三年秋ころ、訴外小泉は本件土地(一)の部分に本件建物(一)(共同住宅小泉荘)の建築を始めたが、建物の柱の骨組みができた段階で被告の市役所職員及び消防署職員数名が建築工事現場にやって来て、「通路が狭いから建築してはならない。」旨を告げて、口頭によって建築の中止を指示命令した。

(三) 右指示により、訴外小泉は、屋根を葺き終わらないまま本件建物(一)の建築を中止し、約二、三か月間そのままの状態で放置していたが、その後訴外小泉は新潟市役所に出頭するなどして、被告から左の事項を遵守することを条件として建築続行の事実上の承諾を得た。

その遵守事項とは、

(1) 避難用に障害となる周囲のコンクリート塀を取壊すこと

(2) 避難用地とするため訴外長谷川岩夫宅裏手の空地を借地すること

(3) 通路の幅員を広げるため自宅廊下部分(約九〇センチメートル)を取壊すこと

(4) 建蔽率違反を是正するため自宅裏手の物置きを取壊すこと

の四点である。

(四) 訴外小泉は、右の四つの遵守事項のうち(3)を除く各事項を実行し、昭和四四年三月、本件建物(一)を完成させたが、同建物は建築基準法(以下「法」という。)四三条に違反するものであった。その後、訴外小泉は、右(3)の事項を履行しないまま本件建物(一)に賃借人を入居させた。

(五) 本件建物(一)については、昭和四四年五月二日に表示の登記が、同年六月一四日に所有権保存登記がそれぞれなされた。

(六) その後、昭和四四年末までに、新潟地方法務局かも新潟市長に対し、地方税法三八二条に基づき、本件建物(一)について表示の登記をした旨の通知がなされ、本件建物(一)は、被告備付の家屋課税台帳に登載された。なお、家屋課税台帳に本件建物(一)を記載するにあたり、被告の税務担当職員は、資産評価のため本件建物(一)の現場調査を実施しており、その際当該職員は本件建物(一)が違反建築物であることを認識し、または認識しえたものである。

(七) 訴外小泉は、昭和四六年五月二五日、本件土地(三)を本件土地(一)と本件土地(二)とに分筆した。

(八) 訴外小泉は、訴外斎藤直次に対し、昭和四六年五月二八日、本件土地(一)及び本件建物(一)を売り渡し、同人は、同月三一日、本件土地(一)及び本件建物(一)について所有権移転登記手続を了した。右登記後、新潟市長は新潟地方法務局から右登記が行われた旨の通知を受け、本件土地(一)及び本件建物(一)の現場調査を行ったうえ、土地課税台帳及び家屋課税台帳に所有者の移動を記載している。

(九) 昭和五三年四月一〇日、本件土地(二)及び本件建物(三)について新潟地方裁判所において競売手続が開始され、同年一二月六日、訴外会社が本件土地(二)及び本件建物(三)を競落し、昭和五四年一月一六日、所有権移転登記を経由した。

(一〇) 昭和五四年五月ころ、訴外会社は、別紙物件目録(二)記載二の建物(以下「本件建物(二)」という。)の建築確認申請を行ったがその受理を保留され、本件建物(二)の建築現場の確認を行った被告の建築指導課職員である訴外本田靖博から、本件建物(一)のため通路を確保するようにとの行政指導を受けた。これに対して、訴外会社は、本件建物(一)の通路として現在の幅員以上の土地を残すこと及び将来本申請をするまでに本件土地(一)及び本件建物(一)を購入することを説明した。

(一一) 昭和五四年七月九日、訴外会社は本件土地(一)及び本件建物(一)を訴外斎藤直次から買い受け、同月一三日、右売買についての契約書を被告の建築指導課に提出し、再度本件建物(二)の建築確認申請手続(以下「本件申請」という。)をとったところ、被告の建築主事である訴外朝妻誠(以下「建築主事朝妻」という。)は、同日、収第七五八一号としてこれを受理した。

(一二) 訴外会社は、昭和五四年七月二〇日、本件建物(三)を取壊した。

(一三) 同年九月七日、建築主事朝妻は、新潟市消防局消防長に対し、法九三条の規定による同意を求め、同消防長は、同月一二日、同意する旨の回答を建築主事朝妻に対して行った。

(一四) 建築主事朝妻は、本件建物(二)の建築計画について確認審査手続をすべて終了し、同計画が関係法令に適合するとの判断を下し、同月一三日、確認番号七五八一号にて確認の通知(以下「本件処分」という。)をした。

(一五) 訴外会社は、昭和五四年一〇月二四日、本件土地(一)及び本件建物(一)を特選物件として広告し、請求の原因1記載のとおり、亡太田末吉は、同月三〇日、本件土地(一)及び本件建物(一)を訴外会社から代金一三四〇万円で買い受けた。

(一六) その後、昭和五五年三月ころ、本件建物(二)の建築は完成したが、登記簿上は昭和五四年一二月三〇日新築として保存登記がなされた。

3  被告の責任

(一) 被告の建築主事の違法行為

(1) 法六条三項及び四項は、建築主事に対して、申請建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築関係規定」という。)に適合するか否かを判断すべきことを一般的注意義務として定めている。またこの注意義務を尽くすための手段として、法一二条三項において敷地、構造などに関する報告徴収権限、同条四項において敷地立入権限等を規定している。従って、建築主事は、建築申請にかかる建築計画について、高度の専門的、技術的知識に基づいて、違反建築物を防止するためにその行使し得る権限を活用して、当該建築物が、建築関係規定に適合するか否かを的確に判断する法律上の義務を負担しているものである。

本件の場合、請求の原因2(一〇)記載のとおり、訴外会社の当初の建築確認申請に対し、被告の建築指導課職員である訴外本田靖博が現場を確認し本件建物(一)の通路について指導し、右建築確認申請の受理を保留していたのであるから、その後本件申請を受理した建築主事朝妻としては建築確認を行う際に、本件建物(二)の建築確認を行えば本件建物(一)が接道義務(法四三条一項、二項、新潟県建築基準条例(以下「条例」という。)一一条)違反になることを知り、または知り得べきであったものである。従って、建築主事朝妻は、既存建築物である本件建物(一)の接道義務違反を理由に本件申請を不適合処分に付するか、少なくとも本件建物(一)の除却を前提とする本件建物(二)の建築確認通知をなすべきであったのであり、これを行わず本件処分をなしたことは、建築主事の法律上の注意義務に明らかに反するものである。

(2) 行政指導の欠落

右のとおり、建築主事朝妻としては建築確認を行う際に、本件建物(二)の建築確認を行えば本件建物(一)が接道義務違反になることを知り、または知り得べきであったものであるから、そのような状態を未然に防止し、法の予定する規制を適切に実現すべき義務を行使するために、本件申請に対する判断を示すに先立って、行政指導によって本件建物(一)の除去措置を講ずるべきであったにもかかわらず、これを行わなかった。少なくとも本件建物(一)の使用中止、単一敷地としての建て替え不能などについて何らかの公示措置をとるべきであった。

(二) 被告の消防長の違法行為

(1) 法九三条、消防法七条違反

(イ) 法九三条及び消防法七条は、消防長について、当該建築物の計画が法律またはこれに基づく命令若しくは条例の規定で建築物の防火に関するもの(以下「防火関係規定」という。)に違反しないか否かを消防の専門的知識経験をもって具体的に審査する権限を有することを定めたものである。そして、昭和三八年五月八日消防庁次長から都道府県知事宛の「消防法七条の規定に基づく建築物の確認等に対する同意について」と題する通達(自消乙予発第一一号)によれば、右審査権限を行使するにあたっては、必ず現場調査を行い、建築物の位置、構造及び設備のほか、防火に関する周囲の条件等について、防火上の見地から現地に即して調査を行う必要があるとされている。

(ロ) 従って、被告の消防長は、現場を調査した段階で、本件建物(二)の計画による場合は本件建物(一)の接道義務をみたすことができないことを容易に確認しえたはずであるにもかかわらず、単に形式的文理解釈によって本件建物(二)のみを基準にして法九三条の同意を与えたことは、法九三条及び消防法七条に違反する違法行為である。

(2) 消防法五条違反

消防法五条は、「消防長又は消防署長は、防火対象物の位置、構造、設備又は管理の状況について火災の予防上必要があると認める場合又は火災が発生したならば、人命に危険であると認める場合には、権原を有する関係者(特に緊急の必要があると認める場合においては、関係者及び工事の請負人又は現場管理者)に対し、当該防火対象物の改修、移転、除去、使用の禁止、停止若しくは制限、工事の停止若しくは中止その他の必要な措置をなすべきことを命ずることができる。但し、建築物その他の工作物で、それが他の法令により建築、増築、改築又は移築の許可又は認可を受け、その後事情の変更していないものについては、この限りでない。」と規定し、消防長の事後的な防火対象物に対する措置命令の権限を規定している。

本件建物(二)は、本件申請における計画とは別の仕様で建築されており、消防法五条但書にいう事情の変更があったというべきであり、被告の消防長は同条の権限を適切に行使すべきであったにもかかわらずこれを行使しなかったことは、同条に反するものである。

(三) 被告の市長の違法行為

(1) 法九条及び同条の三は、特定行政庁に対し違反建築物についての是正措置権限を与え、さらに違反建築物の流通を阻止するために特定行政庁の建設大臣または都道府県知事に対する通知義務を定めたものである。

(2) 請求の原因2(六)記載のとおり、特定行政庁である被告の市長は、昭和四四年ころ、本件建物(一)が違反建築物であることを認識し、または認識しえたにもかからず、是正措置権限を全く行使しなかったことは違法である。

(3) 請求の原因2(二)記載のとおり、特定行政庁である被告の市長は、昭和四三年秋ころ法九条一〇項による本件建物(一)の緊急作業停止命令を口頭で発したにもかかわらず、標識の設置その他建設省令で定める方法による公示義務を果たさなかったことは、法九条一三項に違反するものである。

(4) 本件建物(二)の建築完成により本件建物(一)は接道義務違反となったのであるから、本件建物(二)自体が法四三条、条例一一条に反する違反建築物であり、特定行政庁である被告の市長はこれを認識しまたは認識しえたにもかかわらず、本件建物(二)に対し何らの是正措置権限を行使しなかったことは違法である。

(四) 右のとおり、被告の建築主事、消防長及び市長はそれぞれ違法行為を行ったものであり、それぞれの違法行為をするにあたり故意または過失があったものである。従って、被告は、国家賠償法一条に基づき、被告の公権力の行使にあたる公務員である建築主事、消防長及び市長が、故意または過失によって違法にその職務を行った結果、亡太田末吉が被った損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 亡太田末吉は、訴外会社に対し、本件土地(一)及び本件建物(一)の買受代金として昭和五四年一一月一二日に金七〇〇万円、同月二二日に金五四〇万円、同月二九日に金一〇〇万円をそれぞれ支払った。しかしながら、亡太田末吉が本件土地(一)及び本件建物(一)を買受けた当時、法四三条との関係で本件土地(一)には建物を再建築することができなかったのであるから、本件土地(一)及び本件建物(一)は独立の取引対象になり得ないものであり、商品価値は全くない状態であった。従って、右支払代金総額金一三四〇万円が亡太田末吉の被った損害である。

(二) 亡太田末吉は、被告の公権力の行使に当る公務員の違法行為及び訴外会社の詐欺的行為によって、訴外会社に対する売買代金返還請求訴訟(新潟地方裁判所昭和五八年(ワ)第一五〇号)の提起を余儀なくされ、同訴訟遂行のための弁護士費用として着手金を金五〇万円負担し、さらに本件訴訟提起のために着手金を金三〇万円負担している。また亡太田末吉は、本件訴訟完結時には新潟県弁護士会報酬基準に基づく報酬の支払いを約している。従って、亡太田末吉は少なくとも弁護士費用として金八〇万円の損害を被っている。

(三) 亡太田末吉は、被告の公権力の行使に当る公務員の違法行為によって右訴訟提起及び行政不服申立などを余儀なくされ、毎年自己の有給休暇のすべてをそのための準備にあてるなどして家庭生活の多くを犠牲にせざるを得ず、はかりしれない精神的苦痛を被ったものであり、右苦痛を金銭的に評価すれば少なくとも金一〇〇万円を下るものではない。

5  亡太田末吉は、昭和六二年六月二三日死亡し、原告太田三千惠及び同太田喜美子が亡太田末吉を相続し、右相続人らは、本件訴訟を承継した。

6  よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、金一五二〇万円及び内金一三四〇万円に対する売買代金の最終支払日の翌日である昭和五四年一一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因事実に対する認容

1  請求の原因1の事実のうち、亡太田末吉の買受けの目的及び売買代金額は知らない。その余の事実は認める。

2(一)  請求の原因2(一)の事実のうち、昭和四三年ころ本件土地(一)の部分が空地の状態であり、訴外小泉がこの空地に出入りするために自宅の軒下約四五センチメートルと隣家の訴外長谷川岩夫宅の軒下約四五センチメートルとをあわせた幅員約九〇センチメートルの土地を通路として利用していたことは知らない。その余の事実は認める。

(二) 請求の原因2(二)の事実のうち、昭和四三年秋ころ、訴外小泉が本件土地(一)の部分に本件建物(一)の建築を始めたことは知らない。本件建物(一)の建物の柱の骨組みができた段階で被告の市役所職員及び消防署職員数名が建築工事現場にやって来て、「通路が狭いから建築してはならない。」旨を告げて、口頭によって建築の中止を指示命令したとの事実は否認する。

(三) 請求の原因2(三)の事実は否認する。

(四) 請求の原因2(四)の事実のうち、本件建物(一)が法四三条に違反するものであったことは認め、その余の事実は知らない。

(五) 請求の原因2(五)の事実は認める。

(六) 請求の原因2(六)の事実のうち、本件建物(一)の現場調査の際、被告の税務担当職員が本件建物(一)が違反建築物であることを認識し、または認識しえたものであることは否認し、その余の事実は認める。

(七) 請求の原因2(七)の事実は認める。

(八) 請求の原因2(八)の事実のうち、被告が土地課税台帳及び家屋課税台帳の所有者の移動を記載するにあたり、本件土地(一)及び本件建物(一)の現場調査を行ったことは否認し、その余の事実は認める。

(九) 請求の原因2(九)の事実は認める。

(一〇) 請求の原因2(一〇)の事実は否認する。

(一一) 請求の原因2(一一)の事実のうち、訴外会社が昭和五四年七月九日に訴外斎藤直次から本件土地(一)及び本件建物(一)を買い受けたことは知らない。訴外会社が同月一三日に被告の建築指導課に右売買の契約書を提出したことは否認する。訴外会社が同日に本件申請をし建築主事朝妻が同日収第七五八一号として受理したことは認めるが、本件申請が再度の申請であることは否認する。訴外会社から被告の建築主事に対し本件建物(二)の建築の確認申請がなされたのは、昭和五四年七月一三日が始めてである。

(一二) 請求の原因2(一二)ないし(一四)の事実は認める。

(一三) 請求の原因2(一五)の事実のうち、亡太田末吉が昭和五四年一〇月三〇日に訴外会社から本件土地(一)及び本件建物(一)を買い受けたことは認め、その余の事実は知らない。

(一四) 請求の原因2(一六)の事実は認める。

3(一)(1) 請求の原因3(一)(1)の事実のうち、法六条三項、四項において、建築主事が申請に係る建築物の計画が建築関係規定に適合するかどうかを審査する権限を有することを規定していること、法一二条三項において報告要求権、同条四項において敷地等の立入権等を規定していることは認める。訴外会社の当初の建築確認申請に対し、被告の建築指導課職員である訴外本田靖博が現場を確認し、本件建物(一)の通路について指導し、右建築確認申請の受理を保留していたことは否認する。建築主事朝妻が既存建築物である本件建物(一)の接道義務違反を理由に本件申請を不適合処分に付するか、少なくとも本件建物(一)の除去を前提とする本件建物(二)の建築確認通知をなすべきであったにもかかわらず本件処分を行ったことが法律上の注意義務に違反することは争う。

(2) 請求の原因3(一)(2)の事実及び主張は争う。

(二)(1) 請求の原因3(二)(1)の事実のうち、(イ)の事実は認め、(ロ)の事実及び主張は争う。

(2) 請求の原因3(二)(2)の事実のうち、消防法五条に、その主張のとおり規定されていることは認めるがその余の事実及び主張は争う。

(三)(1) 請求の原因3(三)(1)の事実は認める。

(2) 請求の原因3(三)(2)の事実及び主張は争う。

(3) 請求の原因3(三)(3)の事実中、被告の市長が本件建物(一)又はその敷地である本件土地(一)について法九条一三項所定の公示をしなかったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

(4) 請求の原因3(三)(4)の事実及び主張は争う。

(四) 請求の原因3(四)の事実及び主張は争う。

4(一)  請求の原因4(一)の事実のうち、亡太田末吉が訴外会社に対し本件土地(一)及び本件建物(一)の買受代金として昭和五四年一一月一二日に金七〇〇万円、同月二二日に金五四〇万円、同月二九日に金一〇〇万円をそれぞれ支払ったことは知らない。その余の事実及び主張は争う。

(二) 請求の原因4(二)の事実は知らない。弁護士費用金八〇万円が亡太田末吉の損害となるとの主張は争う。

(三) 請求の原因4(三)の事実及び主張は争う。

5  請求の原因5の事実は認める。

三  被告の主張

1  被告の建築主事の違法行為との主張について

(一) 建築主事は、申請に係る建築物の計画(本件においては本件建物(二)の計画)が建築関係規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果これらの規定に適合することを確認したときはその旨を申請者に通知すべきものであって、申請に係る建築物のほかの建築物(本件においては本件建物(一)など)の敷地、構造及び建築設備が法令の規定に適合するかどうかなどについては斟酌すべきではない。

(二) 原告ら主張のように、建築確認にあたっては申請に係る建築物のほかの建築物の敷地、構造及び建築設備が法令の規定に適合するかどうかを斟酌すべきものとすれば、法四三条に規定する接道義務に適合する敷地がないために建築の確認を受けることができない者が確認を受けないまま当該敷地に違法に建築物を建築すると、その後その隣接地に建築物を建築しようとする所有者などが、その土地の使用を制限されるという不合理な結果となり、原告ら主張のような考え方をとり得ないことは明らかである。

2  被告の消防長の違法行為との主張について

(一) 消防長は、法九三条の同意をするにあたっては、同意を求められた申請に係る建築物以外の建築物が防火関係規定に違反しないかどうかなどを斟酌する必要はないから、被告の消防長が本件建物(二)について建築主事に対し同意をしたことには何らの違法はない。

(二) 仮に右同意をするにあたり、申請に係る建築物以外の建築物についても防火関係規定に違反するか否かを考慮する必要があるとしても、道路から本件建物(一)の敷地である本件土地(一)に至るまで消防自動車が出入りすることができるほどの空地を必要とするものではなく、本件建物(一)の居住者らの避難及び同建物の消火活動などのために必要な空地を設ければ足りるものであって、本件建物(二)の建築計画は防火関係規定に違反していない。

3  被告の市長の違法行為との主張について

(一) 法九条の是正措置命令を発するかどうか及びいついかなるときにどのような内容の発令をするかは、もっぱら特定行政庁の自由裁量に属するものであり、特定行政庁である被告の市長が本件建物(一)またはその敷地である本件土地(一)について、法九条の是正措置をとることを命じなかったことが違法となるものではない。

(二) 仮に特定行政庁が是正措置をとらないことが近隣居住者その他の第三者に対する関係において違法となることがあり得るとしても、それは当該建築物の違反の程度が著しくこれにより第三者が重大な生活利益の侵害を受けていることが明らかであり、一方違反状態解消のための是正措置をとることに別段の支障がなく建築主などによる自発的な違反状態の解消も期待できないにもかかわらず、その違反状態を認識しながら何らの措置をとることもなく漫然とこれを放置し、違反建築物の存在を容認しているのと同視し得る場合など、その権限不行使が著しい裁量権の濫用にあたる場合に限られるものと解すべきであるところ、本件においては、本件建物(一)の存在により亡太田末吉が重大な生活利益の侵害を受けた事実を認めることはできないから、特定行政庁である被告の市長が是正措置をとることを命じなかったことが、亡太田末吉との関係において違法となるものではない。

4  因果関係について

(一) 本件土地(一)は、本件建物(一)が完成した昭和四四年三月の当初から法四三条の規定に違反する土地だったのであり、本件処分によって新たに本件土地(一)が接道義務に違反することになったわけではないから、本件土地(一)が接道義務に違反することにより亡太田末吉に損害が発生したとしても、それと本件処分との間には因果関係がない。

(二) 原告らは、本件土地(一)が建築物の敷地として法四三条の規定に適合しないため、将来本件土地(一)に住宅を建築することができないことにより損害を受けた旨主張するが、本件土地(一)上に本件建物(一)が存在するか否かによって本件土地(一)が建築物の敷地として法四三条の規定に適合するかどうかを知ることはできないから(仮に法九条の是正措置命令により本件建物(一)を除却したとしても、本件土地(一)が建築物の敷地として法四三条の規定に違反する旨を公示しておくものではないから、本件建物(一)が存在しない事実のみによっては、第三者において本件土地(一)が法四三条の規定に適合するかどうかを知ることができない。)、被告の市長が本件建物(一)の除去などの是正措置をとることを命じなかったことと亡太田末吉の損害との間に因果関係はない。

四  被告の主張事実に対する認容

1  被告主張の1(一)(二)の事実及び主張はいずれも争う。

2  被告主張の2(一)(二)の事実及び主張はいずれも争う。

3  被告主張の3(一)(二)の事実及び主張はいずれも争う。

4  被告主張の4(一)(二)の事実及び主張はいずれも争う。

第三証拠《省略》

理由

一  亡太田末吉が、昭和五四年一〇月三〇日、宅地建物取引業を営む訴外会社から本件土地(一)及び本件建物(一)を買受けたこと、本件建物(一)が法四三条、条例一一条に違反するものであることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、亡太田末吉が右土地建物を買い受けた目的は、将来右土地上に自己の居住用建物を新築するためであったこと、その売買代金は金一三四〇万円であったことが認められる。

二1  次の各事実は、当事者間に争いがないところである。

(一)  昭和四三年ころは、本件土地(一)及び(二)は、訴外小泉が所有する本件土地(三)の一筆の土地に含まれていた土地であったが、そのうちの本件土地(二)の部分には、訴外小泉が所有する本件建物(三)(旧住居)が存在しており、訴外小泉は、残りの本件土地(一)の部分に、本件建物(一)(共同住宅小泉荘)を建築し、昭和四四年五月二日に表示の登記が、同年六月一四日に所有権保存登記がそれぞれなされたが、右建物は建築時から現在に至るまで法四三条、条例一一条に違反するものであること。

(二)  本件建物(一)については、昭和四四年末までに、新潟地方法務局から被告の新潟市長に対し、地方税法三八二条に基づき、表示の登記をした旨の通知がなされ、右建物は、被告備え付けの家屋課税台帳に登載されたが、右家屋課税台帳に右建物を登載するにあたり、被告の税務担当職員は、資産評価のため右建物の現場調査を実施していること。

(三)  訴外小泉は、昭和四六年五月二五日、本件土地(三)を本件土地(一)と本件土地(二)とに分筆したうえ、同月二八日、訴外斎藤直次に対し、法に違反する状態のまま本件土地(一)及び本件建物(一)を売り渡し、同人は、同月三一日、右土地建物について所有権移転登記手続を了したこと。

(四)  右登記後、新潟市長は新潟地方法務局から右登記が行われた旨の通知を受け、本件土地(一)及び本件建物(一)について、土地課税台帳及び家屋課税台帳に所有権の移動を記載したこと。

(五)  昭和五三年四月一〇日、訴外小泉所有の本件土地(二)及び本件建物(三)(訴外小泉の旧住居)について新潟地方裁判所の競売手続が開始され、同年一二月六日、訴外会社が競落して昭和五四年一月一六日、所有権移転登記手続を了したこと。

(六)  訴外会社は、本件建物(三)を壊して本件土地(二)上に共同住宅を建築する計画を立て、同年七月一三日本件建物(二)の建築確認申請手続をとり、被告の建築主事朝妻が、同日、収第七五八一号としてこれを受理し、訴外会社は、同月二〇日本件建物(三)を取り壊したこと。

(七)  同年九月七日、建築主事朝妻は、新潟市消防局消防長に対し、法九三条の規定による同意を求め、同消防長は、同月一二日、右に同意する旨の回答を建築主事朝妻に対し行ったこと。

(八)  建築主事朝妻は、本件建物(二)の建築計画について確認審査手続をすべて終了し、同計画が建築関係規定に適合するとの判断を下し、同月一三日、確認番号七五八一号にて訴外会社に対し確認の通知をしたこと。

(九)  訴外会社は、昭和五五年三月ころ、本件建物(二)の建築は完成させたが、登記簿上は昭和五四年一二月三〇日新築として保存登記手続を了したこと。

(一〇)  その間、亡太田末吉は、昭和五四年一〇月三〇日訴外会社から本件土地(一)及び本件建物(一)を買い受けたが、右買い受けた時には、本件土地(二)は空地の状態であったこと。

2  更に、右の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  昭和四二年ころまでは、本件土地(一)の部分(分筆前)は空地の状態であったが、同年春ころ、訴外小泉は、そこに共同住宅の建築を始め、後記三3(一)認定のような経過で昭和四四年三月に本件建物(一)を完成させたこと、

(二)  訴外小泉が分筆して残した本件土地(二)及び本件建物(三)については、前述のとおり訴外会社が競落したが、訴外会社は、本件建物(三)を取り壊したうえ、「コーポ新友」という共同住宅を建てることを計画し、昭和五四年五月ころ、付近住民にも右計画を知らせるとともに、そのころ、本件建物(二)の建築確認申請手続をとり、同年七月一三日ころ被告に正式に受理されたこと、

(三)  隣接地所有者の訴外野村留二と付近住民の青柳、長谷川は、訴外会社の右建築計画によると本件建物(一)への通路が確保されないことになるということで、訴外会社の社長である訴外駒形良雄を訪ねて違法な建築をしないよう申し入れ、更に、被告の建築指導課へも三、四回赴いて、違法建築等を許さないようにとの申し入れをしたが、その時点では、建築確認申請書が未だ提出されていないとのことであったこと、

(四)  訴外会社の申請した本件建物(二)の確認申請に基づき、被告の建築指導課職員の訴外本田靖博は現地調査を行い、その際、訴外会社からは、本件建物(一)のための通路として本件建物(三)が存在する現在の幅員以上の土地を残す(一・三五メートル)こと及び将来本件土地(一)及び本件建物(一)を購入するとの説明があったので、本田は建築確認申請書に添付した建築計画概要書にその旨のメモをしたこと、しかし、本田は、申請外物件である本件土地(一)及び本件建物(一)のことは建築確認の審査の対象事項ではないと考えていたので、それ以上積極的に本件土地(一)及び建物(一)の違法状態を解消すべく行政指導をするとか、建築確認の前提として本件建物(一)を除却するように勧めることなどはしなかったこと、

(五)  その後、昭和五四年七月九日、訴外会社は訴外斎藤直次から本件土地(一)及び本件建物(一)を買い受けたこと、法四三条によれば、建築物の敷地は道路に二メートル以上接しなければならず、さらに条例四条によると専用住宅の場合、路地状部分の長さが一五メートルをこえる場合には、幅員が三メートル必要であり、同条例一一条によれば、共同住宅の場合には幅員が六メートル必要とされているので、本件建物(一)は、右に違反すること明らかであり、単独での改築増築は不可能であること、しかし、本件建物(二)に増築するという形で、耐火建築物とし、廊下を壁で囲み、その幅が法施行令一一九条の規定に適合する場合であれば、建築可能となること、

以上の事実が認められる。

三  次に、右に認定した事実関係に基いて原告らが主張する被告の違法行為について判断する。

1  被告の建築主事の違法行為について

(一)  法六条所定の建築主事の確認は、地方公共団体の機関である建築主事が、当該建築計画が建築関係規定に適合するものであることを公権的に判断確定するものであって、それは正しく行政庁が具体的事実について公権力の行使として何が法であるかを宣言し、法律的規制を加える準法律的行政行為である。そして、それは、法規を具体的に執行するにとどまるものであるから覊束行為であって、確認するしないの裁量権を有するものではなく、確認申請が建築関係規定に適合しないにもかかわらず、確認をすることは建築主事の違法な処分といわなければならない。

(二)  原告らは、本件建物(二)の建築確認を行えば、本件建物(一)が接道義務(法四三条一項、二項、条例一一条)違反になるのであるから、本件建物(一)の接道義務違反を理由に本件申請を不適合処分に付するか、少なくとも本件建物(一)の除却を前提とする本件建物(二)の建築確認をすべきであり、これを行わずに本件処分をしたことは違法であると主張する。

しかしながら、建築主事は、申請に係る当該建築物の計画が建築関係規定に適合するかどうかを審査し、審査の結果これらの規定に適合することを確認したときは、その旨を申請者に通知すべきもの(法六条三項)であって、申請外の建築物の敷地、構造及び建築設備が法令の規定に適合するかどうかなどについては審査の対象事項ではないと解するのが相当である。

すなわち、法は、建築主事の確認審査の方法については、六条四項、八項において申請書の記載によって判断することとなっていて当該建築物の登記簿謄本、私法上の権限を証する書類等の提出を要求していないこと、事実関係の調査義務に関する規定がないことからすると、建築主事には現地調査をする義務はなく、提出された申請書上の「計画」の建築関係規定への適合性の判断をする机上確認で足りるとするものであり、ただ書面審理過程で建築主事が申請の不実、過誤を発見したような場合には、現地調査を行うべきこととなるにとどまるという立場をとっているものと解されるので、建築主事としては、申請書類からは、通常発見しえない申請外の建築物の建築関係規定への適合性を判断することは不可能を強いられることとなるものである。

また、本件建物(一)及び本件土地(一)の所有者である原告らが、法令に定める接道義務に適合する敷地として、本件土地(二)の一部について使用権限を有していたとすれば、訴外会社が本件土地(二)上に本件建物(二)を建築して、原告らの右土地の使用権限を侵害しようとするときは、原告らは、本件建物(二)の計画について確認がなされたと否とにかかわらず、右使用権限に基づき、訴外会社に対し、その妨害の予防又は排除を請求できるものであるし、逆に原告らが本件土地(二)のうち、法令に定める接道義務に適合する土地部分について使用権限を有していなかったとすれば、訴外会社の右土地の使用を制限することができないから、原告らは訴外会社が本件土地(二)上に本件建物(二)を建築することを受忍しなければならないものであって(訴外会社が、売主として何らかの責任を問われることは格別である。)、本件建物(二)の建築確認とは何の関係もない事柄である。

結局、原告ら主張のように、建築確認にあたっては申請に係る当該建築物のほかの建築物の敷地、構造及び建築設備が法令の規定に適合するかどうかをも斟酌すべきものとすれば、建築関係規定に不適合な建築物を確認を受けないまま当該敷地に違法に建築された場合には、その後その隣接地に正当に建築物を建築しようとする所有者などが、その土地の使用を制限されるという不合理な結果となってしまうものであって、到底原告らの右主張を採用することはできないというべきである。

(三)  また、原告らは、建築主事としては建築確認を行う際に、本件建物(一)が接道義務違反にならないように本件建物(一)の除却措置を講ずるよう、少なくとも本件建物(一)の使用中止、何らかの公示措置をとるよう行政指導すべきであったのに、これを行わなかったのは違法である旨主張する。

しかしながら、建築物の除却、使用中止或は何らかの公示措置をとる権限は、特定行政庁(法九条)及び特定行政庁に任命された建築監視員(法九条の二)の権限であって、建築主事の行うことのできることではないうえ、法六条三項、四項に規定するとおり、建築主事は、確認申請書を受理した日から七日以内(四号)又は二一日以内(一ないし三号)に確認又は不適合の通知をしなければならないとされていること、更に建築主事の確認審査は、前記説示のとおり申請書上の「計画」の建築関係規定に対する適合性の判断を義務づける机上確認であって現地調査までは必要とされていないものであることをも考えあわせると、建築主事は、原告ら主張のように何ら法令上の根拠のない行政指導を積極的にすべきであり、それをしなければ違法になるとまでは到底いえないものである。

従って、この点についての原告らの主張もまた失当というべきである。

2  被告の消防長の違法行為について

(一)  原告らは、被告の消防長が本件建物(二)の建築計画により本件建物(一)が接道義務を満たさなくなることを見過ごして法九三条、消防法七条の同意を建築主事に与えたことは違法である旨主張する。

しかしながら、本件消防長の同意は、建築主事に対する行政機関相互間の行為であって、これにより対国民との直接の関係においてその権利義務を形成し又はその範囲を確定する行為ではないし、消防長の不適法な同意・不同意は建築主事を拘束するものではなく、消防長は諮問機関的な機能を果たすにとどまるものであるから、建築主事の本件処分とは独立に違法を論ずる意味はないというべきである。

仮に消防長の同意についての違法性を問題にしうるとしても、前記建築主事の確認審査の対象として説示したところと同様、消防長も法九三条、消防法七条の同意をするにあたっては、申請に係る建築物以外の建築物が防火関係規定に違反しないかどうかを斟酌する必要はないものというべく、原告らの右主張はいずれにしても採用しえない。

(二)  原告らは、被告の消防長が消防法五条に基づき本件建物(二)について改修、移転、除去、停止若しくは制限、工事の停止若しくは中止その他の必要な措置をなすべきことを権原を有する関係者に対し命ずべきであった旨主張する。

被告の消防長の右是正措置権限は、消防機関が火災予防上の見地から独自の立場で発するものではあるが、建築物の改修等を命ずる場合には、建築関係行政機関との連絡、協調が必要なこと勿論である。

原告らの主張において本件建物(二)について火災の予防上必要な事由又は火災が発生したとき人命に危険であるという事由が何であるかは、はっきりしていないが、本件建物(一)の接道義務違反が右事由にあたるというのであれば、建築関係行政機関即ち特定行政庁たる被告の市長の是正措置とその目的を同一にすることとなるのであって、後記3(二)で特定行政庁の是正措置権限について説示するところと同様の理由で消防長の自由裁量に委ねられているものと解され、その権限不行使が著しい裁量権の濫用に該る場合にのみ違法と評価しうるものというべきところ、後記認定の経緯からすれば、消防長の権限不行使について著しい裁量権の濫用があったとまでは認め難いというべきである。

また、是正措置を必要とする事由が、本件建物(一)の接道義務違反ではなく、本件建物(二)について申請における計画とは別の仕様で建築されているというようなことであるのならば、亡太田末吉の損害との間にどのような因果関係があるのか不明であり、主張自体失当というべきである。

従って、いずれにしても原告らの右主張も又採用の限りではない。

3  被告の市長の違法行為について

(一)  《証拠省略》によれば、昭和四二年ころまでは、本件土地(一)の部分(分筆前)は空地の状態であったが、同年春ころ、訴外小泉は、そこに共同住宅を建築する計画を立てたこと、ところが、訴外小泉は、分筆前の本件土地(二)の部分に本件建物(三)(訴外小泉の旧住居)がほぼ敷地一杯に建っていて路地状部分の幅員が確保できないので建築確認申請をしても確認されないものと思い、建築確認申請をしないまま本件建物(一)の建築を始めたこと、その建築を始めて一ケ月位したころ、被告の建築課職員及び消防署職員が右建築工事現場にきて、建築確認申請を出すよう注意したこと、そこで、訴外小泉は、右建物について建築確認申請の手続をとったが、結局、建築確認を得られなかったこと、その後、訴外小泉は、一年二、三ケ月位放置していたが、柱の色も変わってきたため、建築作業を再開し、右工事が約七、八割方進行した段階で、再度、被告の建築課職員から、建築工事を中止するよう注意されたこと、そこで、訴外小泉は、五、六回被告の建築課へ通い、同課職員の訴外阿部某や同山鹿和夫から色々指導を受け、火災等の緊急時に避難する際に障害となる訴外小泉所有の土留めを一部取り壊すこと、避難通路として隣接地の所有者の承諾書を貰うこと、自宅裏手の物置きを取り壊すことを指示され、訴外小泉はそれを実行したこと、訴外小泉は、昭和四四年三月、本件建物(一)を完成させたが、結局、建築確認は受けられないままであり、被告は、これを黙認するということになったこと、その後、訴外小泉は、本件建物(一)に賃借人を入居させたが、被告からは、以後、本件建物(一)の取り壊し等を命じられたことはなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

従って、被告は、昭和四二年ころから本件建物(一)が違法建築物であることを認識していたけれども、行政指導により、違法状態を一部改善させたにとどまり、本件建物(一)の除却措置までは命じなかったことが認められる。

(二)  原告らは、被告の市長が本件建物(一)について是正措置権限を行使しなかったことが違法である旨主張する。

しかしながら、法九条の是正措置命令を発するかどうか及びいついかなるときにどのような内容の発令をするかは、同法所定の行政目的を達成する観点から、違反建築物の違反の内容、程度、それにより受ける被害の程度、建築主等による自発的な違反状態解消の努力の有無、是正措置により受ける建築主側の経済的損失の程度その他諸搬の事情を総合考慮した特定行政庁の合理的判断によって決せられるべき自由裁量に委ねられているものと解すべきである。

従って、特定行政庁が違反建築物について右のような是正措置をとらないことが第三者に対する関係において違法となるのは、特定行政庁において、当該建築物の違反の程度が著しく、これにより第三者が重大な生活利益の侵害を受けていることが明らかであり、一方、違反状態解消のための是正措置をとることに別段の支障がなく、建築主等による自発的な違反状態の解消も期待できないにもかかわらず、右の違反状態を認識しながら何らの措置もとることなく、漫然とこれを放置し、違反建築物の存在を容認しているのと同視しうる場合など、その権限不行使が著しい裁量権の濫用に該る場合に限られると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、本件建物(一)が、被告から除却措置等の是正措置命令が出されないまま存在し続けたことにより、亡太田末吉は訴外会社から接道義務に反する欠陥物件を買い受けることになったものではあるが、亡太田末吉は、本件建物(一)を買い受ける際に、訴外会社から新築可能である旨の説明を受けてそれを軽信し、それ以上自ら調査をしなかったこと、その後、単独で新築することが不可能であるが、本件建物(二)の増築という方法をとれば、実質的には本件土地上に建物を新築することが可能であることが判明し、訴外会社と話し合いをした結果、亡太田末吉が住宅を建築しようとするときは、訴外会社が責任を持って、本件建物(二)に増築するという方法をとることにより、住宅新築の目的が達成できるようにする、その目的が達成できなくなったときには、訴外会社が本件建物(一)を買い戻す等の合意をしたこと、その後、訴外会社との間で紛争が生じ、亡太田末吉が訴外会社及びその代表者である訴外駒形良雄、右島正太朗を相手として、本件土地(一)及び本件建物(一)の売買契約が錯誤により無効或は、詐欺による取消事由があること、代表者二名に対しては商法二六六条の三をそれぞれ理由として売買代金返還等請求事件を提起し(新潟地方裁判所昭和五八年(ワ)第一五〇号)、昭和六二年一〇月一四日亡太田末吉勝訴の判決が言い渡されたことが認められる。

右事実に前記三3(一)に認定の事実を考えあわせれば、特定行政庁たる被告の市長が、亡太田末吉が本件建物(一)を買い受けたときまでに同建物の除却、使用禁止又はその公示等の是正措置をとらなかったとしても、その時点までは、重大な生活利益の侵害を受けた者がいたことは窺えないものであること、前記三3(1)に認定したとおり、被告は、訴外小泉に対し、違法状態を改善するよう行政指導を行い、訴外小泉もまたそれに応じて違反状態改善のための努力をしているものであること、また、本件建物(一)は違法であることは間違いないが、本件建物(三)を取り壊した後に、本件土地(二)を買い受けたり、或は、今後、本件土地(二)単独又は隣接土地と合わせて、法令に定める接道義務に適合する土地部分について使用権限を取得する等の方法をとることにより違法状態を解消する余地がないわけではないし、一度完成された建築物について除却、使用禁止の措置を講ずることは、右建物所有者にとってのみならず、国民経済的観点からみても損失が大きいので、前記のように当事者間の話し合いにより違法状態を解消することを期待することも強ち理由がないわけでもないこと、亡太田末吉が本件土地(一)と共に本件建物(一)を購入したことにより損害を受けたといっても、右は、不動産取引を業とする訴外会社の重大な説明義務違反によるところが大きく、通常では考えられないような訴外会社の違法行為が介在しているものであることが認められるのであって、以上の事実を総合勘案すると、本件建物(一)について、特定行政庁である被告の市長が、除却措置等の是正措置命令を出さなかったとしても、被告の市長の右権限不行使について、本件建物(一)の違法状態を容認したと同視しうるほどの著しい裁量権の濫用があったとまでは認め難いというべきである。

従って、原告らの右主張は理由がない。

(三)  原告らは、被告の職員による前記各改善指導をもって、法九条一〇項の作業停止命令である旨主張するが、法九条一三項の公示がなされていないことは当事者間に争いがないのであるから、むしろ、右は、被告の職員による行政指導にとどまるものであって、特定行政庁である被告の市長の停止命令であるとは認められないというべきである。

従って、法九条一三項違反との原告らの主張は採用しえない。

(四)  原告らは、本件建物(二)の建築完成により本件建物(一)が接道義務に違反することとなったのだから、本件建物(二)自体が法四三条、条例一一条に違反するということを前提とする主張をしているが、前記三1(二)で説示したとおり、本件建物(二)の建築関係法規適合性の判断の際、申請外建物の適法性は判断の対象とならないというべきであるから、本件建物(二)は、法四三条、条例一一条に違反するものではないというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、右主張もまた失当といわざるを得ない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 雨宮則夫 山本剛史)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例